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入るなり、
と、房一は小谷に向つて訊いた。
家の中でも彼は「悪たれ」であつた。一番上の兄は身体こそまだ大人ではなかつたが、一人前の野良仕事ができた。この兄は非常に無口で働き者であつた。次の兄も学校はすんでいたが、非常な好人物で、終日何を言はれても笑つていた。彼も野良を手つだつた。房一はけつして手つだひをしなかつた。どんなに叱られてもいつの間にか家を抜け出して、時には野良からそのまゝ近所の山へ木の実とりや河遊びに逃げ出した。たゞ彼が神妙に野良に出て、用事がなくとも畔くろに腰かけて立去らずにいる時は、きまつて馬がいるのだつた。
「なにしろ、迷ふんだな」
「さういふあんたはどなたで?」
練吉が元の座へ帰つてゆくと、房一はぽつんと一人とり残された。来客達の大半とはすでに顔見知りだつたにかゝはらず、今夜の席では房一は唯一の新顔だつた。
傍にいた赭あから顔の老人が低い声で云つた。
「さあ。どうぞ、どうぞ」
「だつて、喜作さんはこの土地にはいないでせう」
かういふ彼であつたが、河原町の人々は彼に対して一種の親味と同時に、河場者、他所者といふ一瞥を決して忘れなかつた。彼の席順はやはり低かつた。それでも彼は一度も不満の色を浮べなかつた。
盛子はたつた今さつき一人きりの夜食をすませたところだつた。房一を送り出した後で、一人では別に支度もいらないし、あり合せの物で間に合はせた。餉台ちやぶだいの上に並べた食器類もほんの一二枚だつた。いつもは房一と二人なのだが、それは二人が一人になつたのではなく五六人が一人になつたやうな感じだつた。冷えたお惣菜を長火鉢で温めた。それは静かな家の中でたゞ一つの物音のやうにかたことと音を立てて煮えた。何となく、盛子は小さい娘時分のおまゝ事を思ひ出した。そして近来そんなことを一度もしたことはなかつたのだが、小娘のやうな気になつて、煮え上るのを待つ間横坐りに足を投げ出して煮える音を聞いていた。
練吉は眠気から覚めたやうに、
「大石の御老人は見えんやうだな」